(写真はイメージです)
 

高校を留年するという今から考えると結構大きな出来事のあと、友達の紹介でMという女の子との出会いがありました。
 

Mは別の高校に通っていた子だったのですが、すでに公立の大学への進学が決まっている優等生でした。

そんな子がなぜか僕に興味を持ってくれました。
 

Mと一緒にいる時間はそれまでに経験したことのないくらい楽しいものでした。

僕はMのことで頭がいっぱいで、目の前しか見えていませんでした。
 

高校を卒業したMは大学へ進学。

留年していた僕は高校を中退し、なんとなく父の仕事を手伝いだしました。

それからもMとの交際は続きました。ずっと続くと思っていました。

 

Mの就職活動

時は流れてMは就職活動が始まり、忙しくて僕と会える時間はとても少なくなっていきました。

その頃の僕はただ会う時間が少なくなったことだけを、とても不満に感じていました。
 

これから2人の関係が変わっていくことに何一つ気付いていませんでした。

Mが自分の理想への階段を一歩ずつあがっていることに。

その理想の場所は僕のいる世界とは違うところだということに。

 

当時は就職氷河期と呼ばれていた時期でした。

特に女子学生には厳しい、と連日ニュースの特集などで報道されていたものです。

多くは、書類選考だけで落とされてしまい、面接すらしてもらえない。
 

しかしMは世間知らずな僕でも知っている大企業の面接を多く取っていました。

もちろん大好きなMには、理想の人生を歩んでほしい。

心の底からそう思っていました。

でもそうして頑張っているMを間近で見ていると、しだいに違和感を覚えるようになっていたのです。
 

何も持っていない、何者でもない僕は、相変わらず同じ場所にいる。

大好きなMは自分の力で一歩一歩確実に歩を進めている。
 

なんか離れていっていないか?
 

うまくいかないでほしい、ずっと僕のそばにいてほしい。

いつしか大好きなMの失敗を願う気持ちが生まれてきていたのです。

 

実家の経営状態が悪化

僕が父の仕事を手伝いだす少し前のことです。

すでにバブル経済も終わっていて世間は不景気だったのですが、父の仕事はそれなりに順調でした。
 

その頃、父は結構な額の設備投資を行いました。

土地を買い、仕事場を建て、高額な機械を導入したんです。
 

そのあと、僕が手伝いだしました。

そして数年が経ち、Mの就職活動で気持ちが揺れているころに父が突然に言いました。
 

「やっていけないかもしれない。」
 

いきなりで、何を言っているのか意味がわかりませんでした。

確かに取引先の美術商からの注文が少し減ってきていましたがそんなに大したことではないと思っていました。
 

実は、それまで父は税金の申告がおおざっぱでした。

ちゃんと毎年申告はしていましたが、自営業だし時代も時代だったので、かなりいい加減な経理でも通っていたんです。
 

しかし、仕事場を建てるという個人での多額の設備投資。

さすがにこれには税務署もチェックに来ました。

きっちりとお金の流れを調べ上げられ、運転資金に貯めていたお金がそっくり追徴課税でもっていかれたようです。
 

運転資金がなくなりました。

そこで注文が減ればやっていけない。

そういうことです。
 

でもですね、いきなりそんな事を言われたって・・・

母は銀行をまわり、月々の返済額を抑えてもらえるように必死になって頼み込んでいました。

僕は目の前にある仕事を必死にこなしていました。

しかし、肝心の父の気持ちが完全に折れてしまっていたんです。
 

僕の家はどうなってしまうのだろう・・・。先の見えない、真っ暗な状況に陥りました。
 

そんな最悪とも言えるような状況のとき、Mの東証一部上場企業に就職が決まりました。

 

【次のページ】 光と影、葛藤、必死の足掻き
 

【最初から読む】 ベーチェット闘病記

 

スポンサードリンク